看護師という仕事をしていて、「私このまま看護師を続けられるのかな」と思ったことはありませんか?
誰もが一度は、心の中で自問自答したことがあるのではないでしょうか。
人の命と向き合う仕事は本当に難しいですよね。
やりがいはあるけれど、楽しいことばかりではありません。
責任の重さに押しつぶされそうになることも、辛い現実に胸が痛くなることもあると思います。
そんな中、看護師を辞めるという決断をする方もいます。
一度は看護師を辞めたものの、「やっぱり看護師に戻りたい」という気持ちが出てくる一方で、
一度現場を離れてしまうと「復帰できるのだろうか」と悩む方も少なくありません。
今回は、多くの人がぶつかる壁と、どうやってその壁をその乗り越えたのか、佐藤さん(仮名)の体験談をお聞きしたいと思います。
インタビュアー
この度は、貴重なご経験を話してくださるとのことで、ありがとうございます。
佐藤さんは10年以上看護師を続けていらっしゃるそうですが、実は一度は看護師を辞めた経験があるそうですね。
佐藤さんの歩みを聞かせてください。
佐藤さん
こちらこそ、本日はよろしくお願いいたします。私の体験が、誰かの何かのきっかけになればと思い、お話させていただく決心をしました。
目次
看護師を辞めた理由|決断するまでの葛藤と迷い
国家試験を合格し喜んだのもつかの間…いきなり突き付けられた現実。
佐藤さん
私は、新人看護師として急性期病棟に配属されました。
学生の時に講義や実習で学んできましたが、国家試験に合格して就職すると、いきなりプロとして働かなければならず、動揺したのを覚えています。
医療の知識はあっても、技術はまだまだこれから習得しなければならない。でも患者さんからすると、新人であっても、“一人の看護師”であることは変わりない。
まだまだ未熟な新人看護師だけど、急に現実を突きつけられたような感じで、「こんな私が人の生死に携わる資格あるのかな」という不安と焦りが出てきました。
なんとか頑張ろうとしていたのですが、頑張れば頑張るほど空回りし、不安や焦りがぬぐいきれず、看護師を辞める決断をしました。
インタビュアー
そうだったんですね。知識はあっても、目の前で人が苦しんだり辛い思いをするのを目の当たりにすると、いろいろな気持ちが出てきそうですね。
実際に辞めた時は、どのような気持ちでしたか?
看護師を辞めたあとに生まれた気持ち
佐藤さん
看護師を辞めてからは「この悩みから解放された」という気持ちと「これからどうしよう」、「一度離れたらもう看護師には戻れないかもしれない」という気持ちで、とても複雑な心境でした。
“周りの友達はみんな頑張って働いているのに、自分は逃げてしまった”という、自分への嫌悪感や、仕事をしていないことへの焦りもありました。
しかし、気持ちの整理がついてくると「今しかできないことに挑戦してみよう」という気持ちが生まれました。
インタビュアー
辞めたことを前向きにとらえられるようになったんですね。具体的に、どのようなことに挑戦したいと思ったのですか?
なにかきっかけが欲しい…海外ボランティアという選択
佐藤さん
正直なところ、「これがしたい」というのはなかったんです。
ただ、今と全然違う環境に身を置いて考えてみたいという気持ちが大きかったですね。
私は、看護の仕事自体が嫌いになったわけではなかったので、看護師に戻るか、それとも全く違う仕事に変わるか、その決断もなかなかできずに迷っていました。
その気持ちの整理をしたいという思いもあったんです。
でも、同じ場所にいながら、気持ちだけ切り替えるというのは、当時の私には難しいことでした。
そのうえ、「自分はまだ未熟だ」という気持ちが強かったので、お給料が発生せずに看護師としての自分を見つめなおす方法はないか…。
そこで選んだのが、海外ボランティアでした。
いろんな国でボランティアを募集していたので、どこに行こうか迷ったのですが、私はインドのマザーテレサの施設に看護師として行くことにしました。
インタビュアー
迷った中で、そこを選んだのはなぜですか?
佐藤さん
私が行ったのは「死を待つ人の家」という名前の施設でした。
病院で患者さんの命と向き合ってきた私は、その名前に衝撃を受けました。「死を待つ」ってどういうこと?と、想像もつかなかったです。
今よりも自信喪失するかもしれないとも思ったのですが、思い切って行ってみることにしました。
マザーテレサ施設でのボランティア経験
病院での概念がすべて打ち砕かれたスラム街の現実
佐藤さん
看護師としてボランティアに参加したのですが、そこですることは医療行為ではなく、洗濯や排泄の介助、食事の準備や片付けなどでした。
まず驚いたのは、施設に入所している方はきちんとした洋服を着ていませんでした。
1枚の布をまとっているだけ。排泄も垂れ流し。そこに清潔・不潔の概念はありませんでした。
日本の病院では清潔・不潔は厳しく徹底されているので、今まで学んできたのは何だったのだろうと思うほどの衝撃でした。
また、教育環境が整っていないため、施設では英語が話せる人がおらず、コミュニケーションもままならなかったんです。
ここで私ができることって何だろうと、最初はただただ一日をこなすだけで精一杯でした。
インタビュアー
日本とは全く違う環境だったんですね。話を聞くだけでも衝撃的です。その中でも何か印象に残っていることがあれば教えてください。
一人の入所者さんとの出会い
佐藤さん
出会った方の中に、お顔が焼けただれた方がいました。
目が合うことはないので、アイコンタクトも取れない。耳が聞こえないので、話しかけても聞こえない。
この方とどうやってコミュニケーションを取ろうか、とても悩みました。
その姿に、正直、最初は近寄ることもできませんでした。
でも、この方とどうにかコミュニケーションをとる方法はないか、このことが今回の私に課せられた試練なんじゃないかと思いました。
最初はなかなか傍に行けませんでしたが、数日経ってから、その方にお食事をもっていった際に、勇気を出して手を握ってみました。
すると握り返してくれました。
それは私にとって、電気が走ったような感覚でした。
目と目が合うことはないけれど、話をすることはできないけれど、そこには確かに通じるものがありました。
その瞬間、「看護師に戻ろう」と思ったんです。
看護が「手当て」と言われる意味が分かった気がしました。
これこそが、看護の原点だと思いました。
復帰を決めてから、再スタートまで。
佐藤さん
帰国後、看護師として再出発をするために動き始めました。
「手当て」ができる看護師になりたいという、新たな目標ができ、リンパマッサージやリラクゼーションなどの「タッチケア」の勉強をし、実際の看護に活かしたいと思いました。
目標ができると、不思議と意欲が湧いてきて、看護師を辞めた当初に悩んでいた「看護師として頑張れるかな」という不安はもうなくなりました。
むしろ、「私だからできる看護を見つけよう」と思えるようになりました。
あの時、辞める以外に解決方法が見つからなかったのも事実だし、あのまま続けていたとしても、自分の納得いく看護はできていなかったかもしれません。
回り道をしたけれど、あの時一旦仕事を辞める決断をしたことは、私にとって間違いではなかったと、今は思います。
ボランティアはただのきっかけに過ぎなかったかもしれません。
でもあの時、勇気を出して仕事を辞めて、自分と向き合う時間を作ったことが、看護師に戻るきっかけになったんだと思います。
まとめ
看護師を続けることが難しくなった時、それは決して悪いことではありません。
命と向き合う仕事を続けることは、それだけ大変な事であり、尊いことです。
苦しくなった時、現場を離れて深呼吸することも大切な時間だと思います。
それは自分のためでもあり、患者さんのためでもあるかもしれません。
少し肩の力を抜く時間を作ることで、“また頑張ろう”と思える。そのことが、自分が大切にしたい看護につながると思います。

