心身に大きな負荷がかかるとき、介護職の方は燃え尽き症候群(バーンアウト)を発症してしまうことがあります。
前編では、介護職の吉富さんに燃え尽き症候群になった理由や休職を選ぶまでの流れ、周りの方の反応などをお話していただきました。
後編では、吉富さんが燃え尽き症候群の休職中に感じたことや立ち直るまでの出来事、そして心から「立ち直れた」と感じた理由を紹介します。
吉富さんはどのように燃え尽き症候群から回復したのでしょうか?介護職が前向きに働けるようになるまでの経緯を追っていきましょう。
インタビュー対象者
吉富さん 31歳男性
目次
介護職が燃え尽き症候群で「休職」を選んだときの心境
吉富さんは、過酷なシフトによる肉体的なストレスや自分の気持ちと合わない介護施設側の考え方などから、燃え尽き症候群(バーンアウト)を発症。出勤が困難になり「休職」となりました。
燃え尽き症候群を発症した当初、吉富さんは心身に大きなストレスを抱えており、休むべきか出勤するべきか自分で選べなかったと言います。自分の家族と相談したり職場の上司のアドバイスを聞いたりして、最終的に休職を選ばれたそうです。
そのときに、吉富さんは自分の心身が限界に近かったとわかったそうです。 法人との話し合いの結果、吉富さんの休職期間は「1か月半」に決定しました。休職してから復職するまで、吉富さんはどのように過ごしたのでしょうか。伺った内容を時系列でお伝えします。 休職初期の頃について、吉富さんは「心と体を休める期間だったと思う」と振り返ってくれました。 休職して1週間くらい経った頃に、突然食欲が出てきました。 この時期は「心や体に元気が戻ってきた期間」だったと言います。 それが、休職して10日目くらいに「外の空気を吸いたい」と気持ちが変化したんです。 近所の大きな公園を散歩したりスーパーに買い出しに出かけたりしました。外に出ることが気分転換になって、自然と気持ちも明るくなったことを覚えています。 徐々に元気を取り戻していった吉富さん。一方で、罪悪感から自分を責めることもあったと言います。 この時期の吉富さんを支えてくれたのは、妻や家族のやさしい言葉と態度だったそうです。 特に妻は経済的な不安を感じていたと思いますが、私を責めることもなくて…。おかげで、気持ちが自然と前向きになっていきました。 吉富さんの職場には、「休職期間中は上司または介護部長に、現在の体調や気持ちを報告する」という決まりがあったそうです。 介護部長からは、「法人の決まりで休職は2か月までだよ」と伝えられました。 同時に、「吉富さんは今後どうしたい?」「焦らなくてもいいから、体調のよいときに考えておいてください」と復職に向けた話も進んでいきましたね。 最終的に、吉富さんは1カ月半で復職し現場に戻ることを決意。 そして、復職先に選んだのは、特別養護老人ホームではなくデイサービスセンターの介護職でした。 吉富さんは復職間近の頃を振り返って、以下のように語ってくれました。 情けないと思われるかもしれませんが、仕事へのやる気を失い介護職を続ける意味も感じられませんでした。 そんな吉富さんが燃え尽き症候群から「本当に立ち直った」と感じたのは、復職先のデイサービスセンターで働いているときだったと言います。 それは、「俺が責任を持つから、やりたい仕事を提案してほしい。一緒にやろう」と言ってくれる上司との出会いです。 利用者が楽しめる企画や職員が気持ちよく働ける改善案など、思いついたことを何でも言ってほしいと言われました。 休憩時間中や空いた時間などで、思いついたことを提案してみると、「やってみるか」とすぐに実行しようとしてくれたんです。 当時のことを笑顔で振り返る吉富さん。「自分もこんな上司になりたい」とはじめて憧れを抱いた瞬間だったと言います。 特別養護老人ホームで働く頃は、「現場リーダーが、仕事のミスや事故の責任を介護職になすりつけること」も多かったそうです。 しかし、この頃は介護観の合う同僚や一緒に働いていて楽しい人にも出会えて、「毎日が充実していた」と教えてくれました。 吉富さんが燃え尽き症候群から立ち直れたもう1つの理由。それは現場の業務内容が自分に合っていたことだと言います。 送迎業務では道を覚えるのが大変でしたが、慣れてくると運転を楽しむ余裕も生まれましたね。 燃え尽き症候群を発症した頃は、「自分はこの先どうなるんだろう」と将来がとても不安でした。ですが、妻や家族、そして職場の皆さんに支えられて、また楽しく働けるようになりました。 迷惑をおかけしたこともたくさんあると思います…。いつか自分の仕事で恩返ししたいですね! 最後に、インタビュアーが「燃え尽き症候群の時期を振り返って、今は何を思いますか?」と尋ねると、吉富さんは以下のように答えてくれました。 だから、「職場に迷惑をかけて申し訳ない」「頑張れない自分は情けない」と、自分を必要以上に責めなくていいんだよと昔の自分に言ってあげたいです。 僕は、自分に合った職場に異動したことで、「介護の仕事が楽しい」ともう一度思えるようになりました。 今、つらい状況にいる介護職の方も、きっと今より明るい将来が待っていると信じてもらいたいです。 今回は、燃え尽き症候群(バーンアウト)を経験した吉富さんへインタビューを行い、燃え尽き症候群が発症した理由、休職中の心境、復職してからのことなどを前編・後編記事でお伝えしました。 現在、「最近しんどい」「仕事がつらい」とつらさを感じている介護職の方もいらっしゃると思います。 自分の役割や責任がある中、自分を労わることは簡単ではないかもしれません。ですが、心身に異変を感じたときは、一度立ち止まって自分の心と体に目を向けてみてはいかがでしょうか。
休職して最初に感じたのは、「よかった」「助かった」でした。
仕事に穴を開けて申し訳ないという気持ちもありましたが、「仕事に行く前の憂鬱な気持ちを感じなくていい」「入居者や同僚の前で頑張る必要がない」とわかって、心から安心したんです。
「どうしたらいいかわからない!」と追い詰められて、はじめて「ああ、自分は限界なんだな」とわかりました。燃え尽き症候群の「どん底」から復職するまで|休職中の心境と家族の支え
休職1日目~10日目|心と体を休める期間
休職して間もない頃は、朝から晩まで眠ることが多かったです。
朝10時くらいに起きて、朝食を食べたらまたベッドへ。16時頃に起きて夕食を食べる、という生活を5日間くらい送っていました。
休職前は、なかなか寝付けなかったり眠ってもすぐ起きたりしていたので、疲れがたまっていたのだと思います。
唐揚げやハンバーグ、ラーメンばかり食べた記憶があります。なぜか脂っこい食事が食べたくなったんですよね(笑)
食事中に「美味しい」と感じて涙が出てきたのは人生初の経験でした…。
お酒は前より飲みたいと思わなくなったので、飲む量は減りましたね。休職11日目~30日目|少しずつ元気を取り戻した時期
休職して間もない頃は、「万が一職場の人に会ったらどうしよう」と人目が気になって自宅にこもっていました。そもそも外出する元気もありませんでしたが…。
元気になるにつれて、なぜか「職場に迷惑をかけた」「もっと自分がうまく対応できなかったのか」と自分を責める気持ちがわいてきました。
気づいたら、自分を責めてしまって、せっかくの明るい気持ちも暗くなってしまいましたね…。
弱音を吐く僕に、「一生懸命やってきたからゆっくり休んでいい」「頑張っているのをみてきたよ」と声をかけ続けてくれました。
休職明け~復職まで|介護職として再び働く決断
一番緊張したのは、休職してからはじめて介護部長にかけたときの電話です。自分の手が震えていたことを今でもよく覚えています。
復職明けが年度替わりの時期だったため、休職期間を短縮して現場に戻ることを決めたそうです。
2日連続で“ショート夜勤”のあるシフトは、私にとって負担が大きかったです。夜勤がなく規則的に働けるデイサービスセンターなら、やっていけそうだと思いました。妻や家族のために、早く頑張る姿を見せたかったです。「つらい…」「辞めたい…」介護職が燃え尽き症候群から立ち直れた理由
休職期間中は、確かに体も心も休めましたが、意欲的に働く自信はありませんでした。
頼れる上司・気の合う同僚に出会えた
デイサービスに異動して、嬉しい出会いがありました。
介護職として働くことを楽しいと感じられて、本当に嬉しかったです。復職先の業務が自分に合っていた
特養に比べて、デイサービスの利用者は介護度の低い方が中心です。一緒にレクリエーションで体を動かしたり入浴中に雑談をしたりして、アクティブに働けました。
まとめ:30代介護職が燃え尽き症候群を振り返って思うこと
私は、介護職の心や体が限界になってしまうのは、介護業務の大変さや勤め先の影響も大きいと思います。

