妊娠初期に多くの女性が経験する「つわり」は、吐き気や嘔吐、食欲不振などを伴い、日常生活に大きな影響を与えることがあります。特に薬剤師としては、安全性の高い薬を理解し、妊婦さんに安心して服用してもらうことが求められます。本記事では、妊娠中に使用できる吐き気止めについて、メトクロプラミドやドンペリドンの比較、漢方薬やビタミンB6製剤の有効性、食事や生活習慣の工夫などを解説します。薬剤師が服薬指導を行う際に役立つポイントも紹介するので、ぜひ参考にしてください。
妊娠中の吐き気(つわり)のメカニズム
妊娠初期に起こる吐き気や嘔吐の症状は、多くの妊婦にとって辛いものです。つわりの原因は完全には解明されていませんが、ホルモンの変動や精神的ストレスが関与していると考えられています。ここでは、つわりの発生メカニズムや妊娠週数ごとの症状の変化について解説します。
つわりの原因と影響
つわりは、妊娠初期に多くの妊婦が経験する症状で、吐き気や嘔吐、食欲不振などを引き起こします。その主な原因は以下の通りと考えられています。
- hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)の増加:妊娠初期に急激に増加するホルモンで、嘔吐中枢を刺激すると考えられている。
- エストロゲンやプロゲステロンの変動:胃腸の蠕動運動を低下させ、消化不良を引き起こす可能性がある。
- 精神的要因:ストレスや不安がつわりを悪化させることが報告されている。
妊娠週数ごとの症状の変化
つわりは妊娠5週頃から始まり、9~12週頃にピークを迎え、16週頃には自然に改善することが多いです。しかし、重症化すると「妊娠悪阻」と診断され、脱水や体重減少を伴う場合は入院治療が必要となります。
妊娠中の吐き気(つわり)に対する治療法は多岐にわたります。以下に、主な治療薬をまとめます。
つわりの治療に使われる薬剤
つわりの治療には、薬剤を用いる方法と非薬物療法があります。薬剤の選択は、妊婦の症状、重症度や安全性を考慮して慎重に行われます。ここでは、つわりに対する主要な治療薬の比較、ビタミンB6の効果、漢方薬、食事療法について解説します。

つわりに悩む妊婦のイメージ
【比較】メトクロプラミドとドンペリドン
つわりに対して一番使用されている薬はメトクロプラミドと答える薬剤師が多いのではないでしょうか?ここでは、類似薬のドンペリドンと比較して紹介します。
- メトクロプラミド(プリンペラン):
- 作用機序:ドパミンD2受容体を遮断→CTZ抑制により制吐作用を示す。
セロトニン5HT3受容体遮断、セロトニン5HT4受容体刺激により
消化管運動亢進作用を示す。 - オーストラリアの分類(An Australian categorization of risk of drug use in pregnancy)で Category Aとなっており妊婦に安全に使えるとされている。
参考:プリンペラン注射液10mgインタビューフォーム - 日本でも使用経験が豊富で、つわりに対する第一選択肢として推奨されることが多い。
- 副作用として、錐体外路症状(不随意運動)や眠気、倦怠感が報告されている。
- 作用機序:ドパミンD2受容体を遮断→CTZ抑制により制吐作用を示す。
- ドンペリドン(ナウゼリン):
- 作用機序:ドパミンD2受容体を遮断→CTZ抑制、上部消化管運動機能亢進。
- 日本では添付文書上、妊婦への投与は禁忌とされている。
- 副作用として、下痢、便秘、胸やけや眠気などがある。メトクロプラミドと比べ錐体外路症状のリスクは少ないとされている。
参考:国立成育医療研究センター
ビタミンB6とつわりの関係
アメリカ産科婦人科学会ではつわりの症状軽減にビタミンB6の補充を推奨しています。サプリメントとしても販売されているため、薬剤師としては処方薬との併用によるビタミンB6の過剰摂取に注意して説明する必要があります。
- ビタミンB6(ピリドキシン)は、つわりの症状軽減に有効という報告がある。アメリカ産婦人科学会(ACOG)では1回10-25 mg、1日3-4回の投与が推奨されている。
- ピドキサール錠(活性型ビタミンB6製剤)の添付文書に記載されている効能・効果は、「ビタミンB6の需要が増大し、食事からの摂取が不十分な場合の補給(消耗性疾患、妊産婦、授乳婦など)」となっており、「つわり」や「吐き気」といった表現は明記されていません。ただし、実際にはこれらの症状に対して使用されているのではないでしょうか。
- 過剰摂取は神経障害を引き起こす可能性があるため、医師の指導のもとで適量を摂取することが重要です。妊婦が飲む葉酸含有のサプリメントには、ビタミンB6が含まれている商品もあるため注意しましょう。
参考:厚生労働省eJIM | ビタミンB6[サプリメント・ビタミン・ミネラル – 一般]
漢方薬について
漢方薬は安全なイメージもあるが、妊娠中に使えない生薬が配合されていることもあります。ここではつわりに使われる漢方薬を3つ紹介します。
- 小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう):
- つわりに使う漢方薬の代表。
- 胃腸の不調を整え、つわりの症状を軽減する。
- 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう):
- ストレスや精神的要因による吐き気の軽減に適応。
- 自律神経のバランスを整える作用があるとされる。
- 人参湯(にんじんとう):
- 冷えによる胃もたれや吐き気の軽減に有効。
- 胃腸を温めることで消化器の不調を整える。
どの漢方薬も効能・効果に”つわり”と記載されています。ゆっくり効くイメージのある漢方薬ですが、つわりに関しては数日服用して効果がなければ他の薬への変更も検討しましょう。
食事療法(生姜・ビタミンB6・経口補水液)
つわりの軽減には、薬剤だけでなく食事療法も有効です。生姜は消化を助ける働きがあり、経口補水液は脱水の予防に役立ちます。ただし、妊娠中は成分の安全性や摂取量に注意が必要なため、医師の指示や処方内容を確認しながら適切に服薬指導を行いましょう。
- 生姜:
- 生姜に含まれる辛味成分(ジンゲロール、ショウガオール)が、消化管の働きを調整し、つわりの軽減に寄与すると考えられている。
- 前述した2つの漢方薬(小半夏加茯苓湯、半夏厚朴湯)にも生姜は含まれている。人参湯には乾姜という生姜より温める効果の強い生薬が使われてる。
- ビタミンB6:
- ホルモンのバランスを整えたり、神経伝達物質の合成に関わる栄養素。
- 妊娠中はビタミンB6の平均摂取推奨量が成人より多くなっている。
- ビタミンB群を含む食品(バナナ、ナッツ、全粒穀物など)を積極的に摂取するとよい。
- 経口補水液(ORS):
- つわりによる脱水症状を防ぐために推奨される。
- ナトリウムやカリウムを適切に補給することで、体内の電解質バランスを維持できる。
- 商品ごとに味が違うため飲みやすいものを勧める。
参考:厚生労働省eJIM | ビタミンB6[サプリメント・ビタミン・ミネラル – 一般]
:ビタミンB6 – 「 健康食品 」の安全性・有効性情報
市販薬の使用について
妊婦のつわり専用に市販されている吐き気止めは現状ありません。ドラッグストアで購入できる市販薬の吐き気止め・胃腸薬・酔い止め薬は、主に二日酔いや乗り物酔いなど一時的な吐き気を抑える目的のものです。その多くは複数の有効成分(例:抗ヒスタミン薬+カフェイン+ビタミン剤等)を含み、妊娠中の安全性が十分確認されているわけではありません。妊婦が自己判断で市販薬を服用すると胎児へ予期せぬリスクを及ぼす可能性があります。したがって、つわりがつらい時は市販薬に頼らず産婦人科医に相談し、薬剤を処方してもらうことが推奨されます。
それでも薬局で「何か市販で使えるものはないか」と問われた場合、前述の市販の漢方薬やビタミンB6の入ったサプリメントを勧めると良いでしょう。また、市販の漢方薬は基本的に短期間だけ試し、効果がなければ産婦人科受診を勧めることも忘れないように説明しましょう。
薬以外のつわり対策
つわりの症状を軽減するために、薬以外の対策も有効です。日常生活の工夫も服薬指導時に伝えることができれば、患者満足度が上がるでしょう。
生活習慣の工夫
- 少量頻回の食事を心がける:空腹が続いたり、満腹になると吐き気が増すことがあるため、1回の食事量を減らし、1日に5〜6回の食事をとる。
- 消化の良い食事を選ぶ:脂っこいものや刺激の強い食品は避け、炭水化物(クラッカー・おかゆ・パン)やタンパク質をバランスよく摂取する。
- 水分補給をこまめに行う:脱水を防ぐため、水・スポーツドリンク・経口補水液などを少しずつ摂る。
- 十分な休息をとる:睡眠不足や疲労はつわりを悪化させるため、無理せず休む時間を確保する。
- 換気を良くする:においが気になる場合は、室内の換気を行い、刺激の少ない環境を作る。
まとめ
妊娠中のつわりに対する対応は、薬物療法と非薬物療法を適切に組み合わせることが重要です。薬物療法としては、メトクロプラミド(プリンペラン)やビタミンB6などが安全性が確認されている選択肢として挙げられます。一方、ドンペリドン(ナウゼリン)は日本では添付文書上禁忌とされており、使用には慎重な判断が必要です。漢方薬では小半夏加茯苓湯や半夏厚朴湯が症状緩和に役立ちますが、体質や症状に合わせた薬の選択が必要になります。
非薬物療法としては、少量頻回の食事、消化の良い食品の選択、こまめな水分補給といった生活習慣の工夫が効果的です。また、生姜の摂取やビタミンB6を含む食品の摂取も推奨されます。
薬剤師として大切なのは、個々の妊婦さんの状態を丁寧に聴取し、エビデンスに基づいた情報提供と服薬指導を行うことです。特に市販薬の自己判断による使用については注意を促し、必要に応じて産婦人科受診を勧めることも重要です。妊婦さんの不安に寄り添い、安心して妊娠期を過ごせるような支援を心がけましょう。
